🇨🇳ウラジオストク総督🇨🇳
Chinese Panda
ゲーマータグ: Chinese_panda1,rosette4613
![]() | |
初参加日(discord):2021年12月4日 | |
所属勢力:人間の共有と連帯財団 | |
所属国:アフラシア連邦 |
Chinese PandaまたはちゃいぱんはThe World MCのプレイヤーである。祖父に中国人、また曾祖母に琉球人をもつ大阪在住日本人プレイヤーである。3世紀から9世紀の中国史を勉強していて、おそらく唐朝が一番好きな王朝だと思われる。
また清の第五代皇帝、世宗雍正帝が好きとも言っていた。
過去に北京の北に住んでいたこともある。(今は西区)
曾祖母の家系は沖縄で大地主をしている。
また清の第五代皇帝、世宗雍正帝が好きとも言っていた。
過去に北京の北に住んでいたこともある。(今は西区)
曾祖母の家系は沖縄で大地主をしている。
mini wordl時代
マインクラフトを始める前、中国版無料マインクラフトことminiworldにて、とある作業厨サーバーにて活動していた。そのサーバーでは土5ラージチェスト、カボチャ5ラージチェスト、セコイア3ラージチェスト、50×40整地などで選抜メンバー入りしかけるが、性格が悪すぎたため入れなかった。(☝ ՞՞)☝
earth craft時代
同じ界隈のむつきぃに誘われ旭日帝国に加入した。外交官として、ネザライト同盟に加入し、敵対国家であった日本連邦の傘下の町と不可侵条約や秘密同盟を結び暗躍した。また外国勢力とも交渉し、ユーゴスラビア人と同盟を締結した。
日本連邦傘下のどる氏により設立した鹿追町と幾度となく外交交渉を繰り返したが、連邦主のshiaki氏や外務大臣のミニタリスト氏などの強権的な外交に強い不信感を抱いた。
そのため日本連邦の体制に不満を抱く某幹部と接触し、内部情報を教えてもらった。
第1期
ブダペスト設立
旧earth craftからの友人であるむつきぃ氏によってtheworldmcに誘われ、資金援助を受け、ウィーンの南東にブダペストを設立した。
ちゃいぱんはブダペストの地を拡大していたが、突如ギリシャがブダペストの拡大予定地を全占領した。
後に発覚したことだが、ギリシャは外周だけを領土にし、内部を領土にしていなかった。運営はギリシャに中を埋めるよう警告したが、結局サーバー終了まですべてが埋まることはなかった。
ちゃいぱんはブダペストの山という山を消し飛ばし、広げていった。
また隣接する京都領ルーマニアとも良好な関係を持っていた。
ウィーン放置(仮称)
ちゃいぱん氏は同じ国に属する町であるウィーンが、ローマと戦争をしている時にサーバーに全く入ることなく傍観した。
その後神聖アウスグライヒが敗戦したときウィーンは領土を削られたがブダペストは自分の町は参戦してないから関係ないという(本人曰く手も足も出せない)理論武装によって領土や賠償金を要求されることなく満州に鞍替えした。
むつきぃとの対立(仮称)
敗戦前後にちゃいぱんとブダペストがアウスグライヒから離れるということに対して、むつきぃは「支援したにも関わらずすぐに離れないで欲しい」と不満を露わにしたが、ちゃいぱんが、他国の一部国民でも参加できた対ローマ作戦会議のdiscordに参加させて貰えなかったこととその対応でむつきぃが嘘をついたとして批判した。
また戦争情報に関しても開戦直前に伝えられ、益々の不信感を覚えた。
注:上記discordに関する情報は、当時の大宋皇帝hanage氏に教えてもらった。
満州人民共和国への移籍
元々ちゃいぱんは友人が国主を務めている大魔鏡または大宋に移籍する予定であったが、所属していた神聖アウスグライヒが敗戦したことによりその講話条件の一環として予定していなかったが満州人民共和国に所属することとなった。
満州人民共和国では歓迎され、国主のとかげ氏によりビーコンやダイヤ装備などが贈呈された。
ちなみにローマ戦争直前に満州のとかげ氏やoclos氏がブダペストを通行しており、ちゃいぱんも挨拶した。
この時、整地の行き届いたブダペストを見て、編入したいとおもったのかもしれない。
満攻
大宋皇帝のhanageなどが、ローマ戦争で敗北した国々とともに、満州を攻撃しようとした。しかしながら、戦争ルール上は、宣戦布告を受けても拒否すれば戦争されることはなかった。
満州は拒否し、両陣営間では緊張状態が続いた。
アウスグライヒはブダペストを返還させるかわりに、満州に10万を渡す条件で交渉を持ち掛けた。
恩人の満州がこれ以上の危機にさらされるのを避けるため、ちゃいぱんはこの条件を承認した。
これによって宋・満州間の対立は終息し、満攻は中止された。
ギリシャ事件
むつきぃとちゃいぱん間の関係は依然として不良であったがため、ちゃいぱんは隣国mitukiの治めるギリシャ帝国に加入しようとした。mitukiは運営に連絡をとり、町が自分の意志で独立し、他の国に加盟するのは問題ないという判断を引き出していた。
ちゃいぱんは外交チャンネルでこのことをむつきぃに伝えたが、激怒され罵詈雑言を吐かれた。
その後二人で話し合い、むつきぃはローマ戦のdiscordに入れなかったことを謝罪し、今後は情報共有を密にすると約束し、二人は正式に和解することとなった。ギリシャのmitukiもこれを祝福した。
安定、そして終了へ
正式に和解したちゃいぱんはむつきぃのために、earth craftのサーバーから数人ほどの人材を集めた。しかし、その直後にサーバーがリセットされ、ここに第1期は終了したのであった。
注:この時集めた人材は、現在第二期でむつきぃの旭日帝国の主要メンバーとして活躍している。
第2期
唐
第1期は3月ごろに開かれたが、その時期ちゃいぱんは新学期ということもあり、少し遅れて4月の中旬ごろに参加した。
はなげ氏の資金援助により、現在の長沙に町を作り、地道に拡大して独立した勢力を築いた。
隣国の漢とは表面上は友好状態であったものの、裏では勢力拡大をめぐって激しい対立関係にあった。
また4月下旬ごろに建国し国号を唐とした。
唐は東アジアスポーンの重慶や、シルクロードを制圧した一方、漢は洛陽や江西など長沙周辺を包囲した。
また反東洋連合の帝国協定に加入し、東洋連合の漢に対抗した。
その後、ドイツショックによって帝国協定が倒壊した一方、敵国漢も皇帝の隠退によって事実上滅亡まで衰退した。
唐は日帝や八韓などと良好な関係を築く一方、ちゃいぱんはそろそろ整地に飽きだし、引っ越しを考えていた。
カラシャール
最初はデンマークあたりに引っ越そうとしていたが、途中でカザフスタンで良い土地を見つけたので、そこに引っ越した。
長沙の町を捨て、町名をビシュバリク、国号をカラシャールに改めた。
カラシャールの地で建築などに励んでいたが、今度は建築にも飽きてしまった。ちゃいぱんはとかく、飽きっぽい性分なのである。
ウラジオストクへ
その後、仲の良い八韓民国へ加入するため、沿海州のウラジオストクに町を建設した。
しかしながら、ウラジオストク設立直後にサーバーが一か月の長期メンテナンスに入ってしまった。
メンテナンスが明けてからは、天空に水流式収穫機やサトウキビ工場などを建設し、地道に邁進している。
また唐時代からの重慶や、ウラジオストクの北に作らせた中部アムールにも影響力を行使し続けている。
八韓では多少冷遇されながらも、多くの国との外交パイプを維持し、楽しいざわむしライフを歩んでいる。
マインクラフトを始める前、中国版無料マインクラフトことminiworldにて、とある作業厨サーバーにて活動していた。そのサーバーでは土5ラージチェスト、カボチャ5ラージチェスト、セコイア3ラージチェスト、50×40整地などで選抜メンバー入りしかけるが、性格が悪すぎたため入れなかった。(☝ ՞՞)☝
earth craft時代
同じ界隈のむつきぃに誘われ旭日帝国に加入した。外交官として、ネザライト同盟に加入し、敵対国家であった日本連邦の傘下の町と不可侵条約や秘密同盟を結び暗躍した。また外国勢力とも交渉し、ユーゴスラビア人と同盟を締結した。
日本連邦傘下のどる氏により設立した鹿追町と幾度となく外交交渉を繰り返したが、連邦主のshiaki氏や外務大臣のミニタリスト氏などの強権的な外交に強い不信感を抱いた。
そのため日本連邦の体制に不満を抱く某幹部と接触し、内部情報を教えてもらった。
第1期
ブダペスト設立
旧earth craftからの友人であるむつきぃ氏によってtheworldmcに誘われ、資金援助を受け、ウィーンの南東にブダペストを設立した。
ちゃいぱんはブダペストの地を拡大していたが、突如ギリシャがブダペストの拡大予定地を全占領した。
後に発覚したことだが、ギリシャは外周だけを領土にし、内部を領土にしていなかった。運営はギリシャに中を埋めるよう警告したが、結局サーバー終了まですべてが埋まることはなかった。
ちゃいぱんはブダペストの山という山を消し飛ばし、広げていった。
また隣接する京都領ルーマニアとも良好な関係を持っていた。
ウィーン放置(仮称)
ちゃいぱん氏は同じ国に属する町であるウィーンが、ローマと戦争をしている時にサーバーに全く入ることなく傍観した。
その後神聖アウスグライヒが敗戦したときウィーンは領土を削られたがブダペストは自分の町は参戦してないから関係ないという(本人曰く手も足も出せない)理論武装によって領土や賠償金を要求されることなく満州に鞍替えした。
むつきぃとの対立(仮称)
敗戦前後にちゃいぱんとブダペストがアウスグライヒから離れるということに対して、むつきぃは「支援したにも関わらずすぐに離れないで欲しい」と不満を露わにしたが、ちゃいぱんが、他国の一部国民でも参加できた対ローマ作戦会議のdiscordに参加させて貰えなかったこととその対応でむつきぃが嘘をついたとして批判した。
また戦争情報に関しても開戦直前に伝えられ、益々の不信感を覚えた。
注:上記discordに関する情報は、当時の大宋皇帝hanage氏に教えてもらった。
満州人民共和国への移籍
元々ちゃいぱんは友人が国主を務めている大魔鏡または大宋に移籍する予定であったが、所属していた神聖アウスグライヒが敗戦したことによりその講話条件の一環として予定していなかったが満州人民共和国に所属することとなった。
満州人民共和国では歓迎され、国主のとかげ氏によりビーコンやダイヤ装備などが贈呈された。
ちなみにローマ戦争直前に満州のとかげ氏やoclos氏がブダペストを通行しており、ちゃいぱんも挨拶した。
この時、整地の行き届いたブダペストを見て、編入したいとおもったのかもしれない。
満攻
大宋皇帝のhanageなどが、ローマ戦争で敗北した国々とともに、満州を攻撃しようとした。しかしながら、戦争ルール上は、宣戦布告を受けても拒否すれば戦争されることはなかった。
満州は拒否し、両陣営間では緊張状態が続いた。
アウスグライヒはブダペストを返還させるかわりに、満州に10万を渡す条件で交渉を持ち掛けた。
恩人の満州がこれ以上の危機にさらされるのを避けるため、ちゃいぱんはこの条件を承認した。
これによって宋・満州間の対立は終息し、満攻は中止された。
ギリシャ事件
むつきぃとちゃいぱん間の関係は依然として不良であったがため、ちゃいぱんは隣国mitukiの治めるギリシャ帝国に加入しようとした。mitukiは運営に連絡をとり、町が自分の意志で独立し、他の国に加盟するのは問題ないという判断を引き出していた。
ちゃいぱんは外交チャンネルでこのことをむつきぃに伝えたが、激怒され罵詈雑言を吐かれた。
その後二人で話し合い、むつきぃはローマ戦のdiscordに入れなかったことを謝罪し、今後は情報共有を密にすると約束し、二人は正式に和解することとなった。ギリシャのmitukiもこれを祝福した。
安定、そして終了へ
正式に和解したちゃいぱんはむつきぃのために、earth craftのサーバーから数人ほどの人材を集めた。しかし、その直後にサーバーがリセットされ、ここに第1期は終了したのであった。
注:この時集めた人材は、現在第二期でむつきぃの旭日帝国の主要メンバーとして活躍している。
第2期
唐
第1期は3月ごろに開かれたが、その時期ちゃいぱんは新学期ということもあり、少し遅れて4月の中旬ごろに参加した。
はなげ氏の資金援助により、現在の長沙に町を作り、地道に拡大して独立した勢力を築いた。
隣国の漢とは表面上は友好状態であったものの、裏では勢力拡大をめぐって激しい対立関係にあった。
また4月下旬ごろに建国し国号を唐とした。
唐は東アジアスポーンの重慶や、シルクロードを制圧した一方、漢は洛陽や江西など長沙周辺を包囲した。
また反東洋連合の帝国協定に加入し、東洋連合の漢に対抗した。
その後、ドイツショックによって帝国協定が倒壊した一方、敵国漢も皇帝の隠退によって事実上滅亡まで衰退した。
唐は日帝や八韓などと良好な関係を築く一方、ちゃいぱんはそろそろ整地に飽きだし、引っ越しを考えていた。
カラシャール
最初はデンマークあたりに引っ越そうとしていたが、途中でカザフスタンで良い土地を見つけたので、そこに引っ越した。
長沙の町を捨て、町名をビシュバリク、国号をカラシャールに改めた。
カラシャールの地で建築などに励んでいたが、今度は建築にも飽きてしまった。ちゃいぱんはとかく、飽きっぽい性分なのである。
ウラジオストクへ
その後、仲の良い八韓民国へ加入するため、沿海州のウラジオストクに町を建設した。
しかしながら、ウラジオストク設立直後にサーバーが一か月の長期メンテナンスに入ってしまった。
メンテナンスが明けてからは、天空に水流式収穫機やサトウキビ工場などを建設し、地道に邁進している。
また唐時代からの重慶や、ウラジオストクの北に作らせた中部アムールにも影響力を行使し続けている。
八韓では多少冷遇されながらも、多くの国との外交パイプを維持し、楽しいざわむしライフを歩んでいる。
最新コメント